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水戸地方裁判所 昭和30年(行)23号 判決

原告 横瀬雅祐

被告 下館税務署長

訴訟代理人 河津圭一 外四名

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し別紙第一目録(一)(二)記載の物件につきなした滞納処分による差押が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。

被告指定代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1 原告はもと下妻市大字小島に本店、土浦市真鍋町東新地下に支店を有し牛肉商を営む者であつたが、被告は原告において昭和二十四年分から昭和二十九年分まで別紙第二目録「税目」欄及び「税額」欄記載のとおりの税金の滞納ありとして、昭和三十年五月二日原告所有の別紙第一目録(一)記載の物件を(同物件に対する差押調書には昭和二十九年十一月十七日になされたように記載されているが、後述のように実際の差押は右のとおりである。)、同年十月二十九日同目録(二)記載の物件を、それぞれ滞納処分として差し押えた。

2 しかしながら右滞納処分は、次の事由によつて無効である。

(一) 昭和二十四年・同二十五年両年分として原告の納付すべき各税の納期限は、別紙第二目録「原告主張の納期限」欄に記載のとおりであるが、被告は右各納期限後原告に対し一度も納税の督促その他時効中断の手続をしていないから、納期限の翌日から起算して五ケ年を経過した日の終了によつて、右両年分の租税債権は時効で消滅したものである。もつとも、別紙第一目録(一)記載の物件に対する差押調書によれば、昭和二十九年十一月十七日被告は同物件を滞納処分として差し押えたように記載してあるので、消滅時効は中断されているようにみえるが、しかし、これは被告が原告に対する右両年分の租税債権が、時効によつて消滅するのをまぬがれるため、故意に差押調書の日附を同日附に作成したものであつて、実際に差押がなされたのは前記のように消滅時効完成後である昭和三十年五月二日である。

従つて右両年分の租税債権が時効によつて消滅しているにもかかわらず、有効に存続していることを前提としてなした本件滞納処分は、重大明白な瑕疵ある処分として無効といわなければならない。

(二) 原告は昭和二十六年二月頃から、脳梅毒のため精神に異常をきたし手当に努めたが意識不明の重症になつたので、昭和二十七年十一月頃東京大学病院に入院し、その後更に東京都新宿区所在の清和病院に転院して極力医療に専心した。その結果ようやく快万に向つてきたので昭和二十八年八月同病院を退院し、その後は自宅で療養するかたわら右病院に通院しているがまだ意識は正常でない。右のような次第で、原告としては昭和二十六年から全然その営業ができなかつたので、原告の子正吉、林造両名が同人等自身の生活のため牛肉商を引き継いで営業をしてきたが、これは右両名の営業であつて原告の営業ではないのであり、従つて昭和二十六年以降は原告に事業所得はないのである。よつて事業所得のないのに所得ありとしてなした昭和二十六年分以降の原告に対する課税処分は、違法として当然無効というべく、無効な課税処分にもとずく本件滞納処分も無効である。

(三) かりに昭和二十六年以降も原告が子供の正吉、林造等を使つて営業を継続してきたものとして原告に課税したものとするならば、原告は前述のように病気で入院治療等の医療費に、昭和二十六年から昭和二十九年まで毎年約二百四十万円を支出しているから、昭和二十六年分以降の所得税を課するに当つては右支出額のうちの法定額を右各年中の所得から控除すべきものである。しかるに右医療費を控除しないでなした前記昭和二十六年分以降の賦課処分は違法無効であり、無効な賦課処分にもとずく本件滞納処分も無効というべきである。

(四) 所得税及び個人再評価税は、法律上申告納税のたてまえにより、納税者の税務官庁に対する申告によつてはじめて租税債権が具体的に確定するのであり、また所得税のうち更正または決定にかかる税額(いわゆる随時分)及び過少申告加算税は、納税者の申告に対する税務官庁の更正等により課せられる追徴税額または加算税額の性質をもつものであるから、税務署長より納税者に対する納税告知によつてはじめて租税債権が具体的に確定するのである。しかるに原告は昭和二十六年分から後は申告によつて確定する租税債権については一度も申告したことがなく、納税告知によつて確定する租税債権については一度も告知を受けていないのである。なお納税告知書を原告の家族が受けとつたことがあるかどうか不明であるが、かりに家族が受領していたとしても、原告は前述のような病状で心神喪失の状況にあつたから、原告に対する関係では告知の効力はない。

従つて昭和二十六年分以降の原告に対する租税債権は、申告及び納税告知のなかつた点において確定しなかつたものというべく、その意味で賦課処分は当然無効であり、それにもとずく滞納処分も無効といわねばならない。

よつて別紙第一目録(一)(二)記載の物件につき被告のなした滞納処分による差押の無効確認を求める。

二、答弁

原告主張の事実中

1の点については別紙第一目録(一)記載の物件に対する差押の日が昭和三十年五月二日であるとの点を除いてこれを認める。

事実

無効原因(一)について

この点は争う。

原告の納税すべき昭和二十四年・同二十五年両年分の各税の納期限は、別紙第二目録「被告主張の納期限」欄に記載のとおりであり、それぞれその翌日が消滅時効の起算点となり五年の経過によつて消滅時効は完成するところ、被告は時効完成前である同目録「督促日」欄に記載の日に原告に対し、指定期限を記載した督促状を送付して右両年分の滞納税金の納付を督促し更に昭和二十九年十一月十七日原告所有の別紙第一目録(一)記載の物件を差し押えて現在なお差押中なので消滅時効は中断されている。この点につき、原告は差押調書に差押が昭和二十九年十一月十七日となつているのは被告が故意に調書を同日附として作成したもので、事実は昭和三十年五月二日であつたと主張するが左様なことはなかつたのである。すなわち下館税務署所属大蔵事務官植木徳次は昭和二十九年十一月十七日下妻市役所に赴き、原告所有の不動産を調査し、原告が第一目録(一)記載の不動産を所有することを確認し、同日同事務官は右税務署に帰一り、直ちに同日附を以て差押調書同謄本並びに差押登記嘱託書等を作成し差押調書謄本は同月二十三日に原告宛書留郵便を以て送付し、同月二十五日原告に到達した。差押登記嘱託書は同月十九日水戸地方法務局下妻支局宛送付したが、差押調書記載の差押不動産中大字小島字新堀九八一番の一宅地三百十八坪の土地の地目が登記簿上畑一反一八歩となつていたため登記嘱託書が返戻されてきたので、後に昭和三十年四月二十六日原告に代位して右土地に対する地目の変更登記と差押登記の再嘱託をしたのであつて、その間日時を経過し、登記ができたのは昭和三十年五月二日となつたものである。よつて右両年分の租税債権が時効によつて消滅したことを前提とする原告の主張は失当というべきである。

無効原因(二)について

原告がその主張のような病気であつたかどうかは知らない。かりに原告が脳梅毒であつたとしても、主として憂うつ的症状にあつたに過ぎず、心神喪失とか意識不明となつたことはない。従つて昭和二十六年以後も依然として原告は営業を継続してきたものである。すなわち、原告は昭和二十六年からは原告の子正吉、林造両名に仕事をやらせ、昭和二十七年夏から原告の弟横瀬正吾を支配人格として業務を担当せしめ、少くとも昭和二十八年四月に廃業の届出をするに至るまではその業務を継続してきたのである。故に昭和二十七年度までの事業所得に対し賦課処分をしたのは、正当であり、この点に何等違法はない。

無効原因(三)について

この点も争う。かりに原告がその主張のとおりの医療費を支出したとしても、旧所得税法第十一条の四・第二十八条によれば、所得税について医療費の控除が認められるのは支出した医療費から保険金損害賠償金等により補填された金額を除いた額がその納税義務者の総所得金額の合計額の十分の一を超過する場合、その超過額につき最高十万円までの範囲で、しかも確定申告書に同法第二十六条第一項第十二号に規定する控除に関する事項を記載した場合に限つて認められるところ、原告は昭和二十六年分の所得税については確定申告書に医療費の控除に関する事項を記載しなかつたから、被告は所得税額の更正に当つて医療費を控除しなかつたものであり、又昭和二十七年分のそれについては、原告は修正確定申告書に所得金額を百万円、医療費を五万円と記載しているが(控除されるべき医療費を五万円と記載しているので現実に支出した医療費は所得金額百万円の十分の一である十万円に、それを超過する五万円を加えた十五万円という趣旨と思われる。)被告の調査したところによれば原告の同年分所得金額百七十万円であつたから、原告の支出した十五万円の医療費は、所得金額は百七十万円の十分の一に満たないことになるので被告は原告の同年分の所得税額の更正に当つてもこれを控除しなかつたのである。それ故、医療費を控除しなかつたのはもとより当然であり原告の主張は失当という

べきである。

無効原因(四)について

所得税及び個人再評価税がいわゆる申告納税であり納税者の申告によつて租税債権が具体的に確定すること。所得税のうち更正または決定にかかる税額(随時分)及び過少申告加算税が、納税者に対する納税告知によつて確定するものであることは原告主張のとおりである。そして原告は所得税及び個人再評価税については別紙第三目録(一)(二)記載のとおり被告に申告しており、また所得税随時分及び過少申告加算税については、被告において納税告知書を原告あて、昭和二十六年分について昭和二十七年三月三十一日に送付したので同年四月二日頃到達しているし、昭和二十七年分については昭和二十八年五月十五日に送付しているので同月十七日頃到達しているのである。

従つて昭和二十六年分以降の原告に対する租税債権は、適法に確定しておりこの点に原告主張のような瑕疵はない。

第三、証拠方法〈省略〉

理由

原告がもとその主張のような場所に本支店を持つ牛肉商であつたこと、被告は原告にその主張するような税金の滞納ありとして原告所有の別紙第一目録(一)(二)記載の物件を二回にわたり滞納処分として差し押えたことは当事者間に争がない。(目録(二)記載の不動産及び電話加入権に対する差押の日が原告主張の日時であることについては争がないが、目録(一)記載の物件に対する差押の日が原告主張のように昭和三十年五月二日であるとの点については争があり、この点は後に判断する。)そこで右滞納処分に原告の主張するような無効原因が存するかどうかについて以下順次判断する。

一、無効原因(一)について

まず昭和二十四年同二十五年の両年分として原告の納付すべき税金(右両年分の原告の滞納税金の税目及び金額が別紙第二目録「税目」欄及び「税額」欄記載のとおりであることは弁論の全趣旨によつて明かである。)の納期限が何時であつたかにつき案ずるに、証人石崎力の証言とこの証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証(昭和二十四年度分所得税滞納額整理簿)同第二号証(昭和二十五年度分申告所得税徴収簿)を合せ考えると、その予定申告による法定納期限及び随時分の指定納期限はいずれも同目録「被告主張の納期限」欄記載の各日時とされていたことが認められこの認定に反する証拠はない。(昭和二十五年分所得税二期の納期限につき乙第二号証に昭和二十五年七月三十一日と記載されているのは、石崎証人の証言と対比すれば誤記と認められる。)そこで右両年度の租税債権が時効によつて消滅したか否かについて検討してみるに、前記乙第一、第二号証と石崎証人の証言によれば被告は右納期限後である別紙第二目録「督促日」欄記載の各日に原告に対し右両年分滞納税金の納付を催告する督促日(指定納付期日は別紙第二目録「指定期日」欄記載のとおり)を発送したことが認められる。右督促状の送達につき、石崎証人はこれを「発送した」と供述しているにすぎないが、国税徴収法施行規則第十条の趣旨及び前記のような書類の送達事務は普通郵便によつてなされるのが従来からの我国税務署における状態であつたことに鑑みると、他に反対の事情のみるべき資料のない本件では右督促状は普通郵便をもつて送達されたものと考えるべきである。そこで進んで右督促状が原告に到達したかどうかについて考えてみると、督促状が発送された昭和二十五年同二十六年当時は郵便業務の運営も戦後の混乱時期を過ぎ正常に行なわれていたことは公知の事実であり、また原告に配達されないで返戻されたことを認める資料もないのであるから返戻されなかつたというのほかなく、以上の事情からみて他に反証のない以上、下館市と下妻市の地理的関係に徴し督促状の発送後数日内に原告に到達したものと推認すべきである。そうだとすれば右督促状の到達によつてその頃前記両年分の原告に対する租税債権の消滅時期は、一旦中断されたというべきである。

そして、成立に争のない乙第三号証・第十四号証・証人植木徳次の証言を総合すると、被告は前記督促状の送達後更に昭和二十九年十一月十七日、原告所有にかかる別紙第一目録(一)記載の土地を差し押えることとし、同日差押調書を作成し同月二十三日に右差押調書謄本を書留郵便によつて原告に郵送したことが認められるから、少なくとも同日より数日後に右差押調書謄本は原告に到達したものと推定すべく、これによつて原告に対し差押の効力が発生したものというべきである。そうすると前述の督促によつて一旦中断された消滅時効は指定期日の翌日より再び進行を始めたわけであるが、その後前記差押がなされその効力を生ずるまでに五年を経過していないものといえるのである。証人横瀬正吉、同横瀬正吾の証言中右認定の趣旨に反する部分は信用しない。

この点につき原告は、差押調書(乙第三号証)中差押の日が昭和二十九年十一月十七日と記載されているのは、被告において原告に対する右両年分の租税債権が消滅時効によつて消滅するのをまぬがれるため故意に日附を同日にさかのぼらせて作成したもので、実際は右差押調書中の登記済証の受付日である昭和三十年五月二日で差押がなされた旨主張するが、これを認め前段認定をくつがえすに足る証拠はない。

よつて昭和二十四年・同二十五年両年分の租税債権が、時効によつて消滅したことを前提とする原告の主張は失当として排斥をまぬがれない。

二、無効原因(二)について

原告は昭和二十六年以降脳梅毒症のため精神に異常をきたし、そのため正常な意識がなく、入院して治療に当つていたので二十六、七、八年度は営業をせず従つて所得もなかつたのであり、その間は原告の子息の正吉、林造の両名が同人等の営業として食肉販売の業務に従事したものである旨主張し証人横瀬正吉、同横瀬正吾、同永井カネの各証言中これに照応する部分があるけれども後記各証拠と対比し、信用できない。かえつて真正に成立したものと認める甲第二、第三号証の各一、二(但し第二第三号証の各一のうち郵便官署の作成にかかる部分の成立には争がない。)成立に争のない乙第十二号証の二・同第十五号証・証人植木徳次の証言及びそれによつて真正に成立したものと認める乙第十二号証の一、二、四・その方式及び趣旨よりして真正に作成したものと認める乙第十三号証・証人横瀬正吉の証言により横瀬正吾が原告名義で作成したものと認められる乙第四号証(同号証の原告名下の印影が原告の印章による印影であることは争がない。)同第七号証、証人京空恭、同横瀬正吉(一部)同横瀬正吾(一部)、同永井カネ(一部)の各証言を合せ考えると、原告は脳梅毒のため昭和二十六年中から憂うつ症的な精神状態となり、その症状が次第に昂進したため昭和二十七年十一月下旬に東京大学附属病院に入院し、昭和二十八年一月二十日まで及び同年二月十四日より同年三月十一日まで同病院で加療し、その後更に東京都新宿区新弁天町にある神経研究所附属清和病院に転院して同年八月二十日頃退院するまで右病院で医療に努めてきたこと。入院中における原告の主たる症状は、憂うつ症、頭痛、不眠、心気的な不安感等の神経症状であつたが意識は明らかで心神喪失の程度に至るような病状ではなかつたこと、そして原告は昭和二十六年中より義弟の横瀬正吾を番頭格にすえ子供の正吉、林造にも仕事をやらせ昭和二十八年四月三日廃業届を下妻保健所に提出する前後までと殺、食肉の販売等の営業を継続してきたこと、前記入院中原告が直接業務に従事しなかつたのは当然として、その以前も相当期間原告は直接業務に従事しなかつたけれども、前記正吉、林造、正吾等はいずれも原告の意思にもとずき、主として正吉と正吾が原告の営業に関する一切の事務を任され、原告の営業に従事するものとして、食肉販売の仕事をしていたものであることが認められる。

従つて営業をしていた以上所得があつたとみるのは一応当然であり、昭和二十六年分以降についても原告に所得税の賦課処分をしたのは相当と考えるほかなく、よつて所得がないのに課税したのは違法であるとの主張は採用できない。(前述のように原告は昭和二十八年四月三日に廃業届を提出しているが、昭和二十八年分以降の原告に対する賦課処分は営業に対して課せられる所得税ではなく、個人の資産評価による個人再評価税であることは、原被告周間の主張に徴し明白であるので、同年分以降の課税については原告主張(二)の無効原因は問題とする余地がない

三、無効原因(三)について

医療費を控除しないでした課税処分は違法無効であるとの主張について考えてみると、かりに原告が病気のためその主張のとおりの額の医療費を要したとしても、旧所得税法第十一条の四・第二十八条によれば医療費の控除を受けられるのは、支出した医療費が所得金額の合計額の十分の一を超過する場合その超過分につき最高十万円を限度とし、且つ確定申告書に医療費控除額の控除に関する事項を記載した場合に限つて認められるものであるところ、前掲乙第四・第七号証・証人石崎力の供述及びその供述により真正に成立したものと認める乙第五・第八号証並びに口頭弁論の全趣旨を合せ考えると、横瀬正吾は原告に代つて昭和二十六年分の所得税の確定申告書を被告税務署に提出するに当り、同年中に支出した医療費の控除に関する事項を右申告書に記載しなかつたので、被告としては同年分の所得税額の更正に当つて医療費を控除しなかつたこと、昭和二十七年分の所得税については、修正確定申告書に所得金額を百万円、所得から差し引くべき医療費として五万円と記載したので、原告が同年中に現実に支出した医療費は前記法律によつて十五万円ということになるが、被告は同年中の原告の所得金額を百七十万円と決定したため、原告の支出した医療費十五万円ではその十分の一に満たないものと認め、結局被告は同年分の所得税額の更正に当つて医療費を控除しなかつたことが認められ、この認定を動かすに足る証拠はない。

してみれば、昭和二十六年分以降の原告に対する所得税から医療費を控除しなかつた被告の措置は正当であり、この点に違法ありとして課税処分及び滞納処分の無効を主張することは失当といわねばならない。

四、無効原因(四)について

原告は、申告によつて確定する所得税及び個人再評価税については昭和二十六年分から申告をしていないと主張するが、前記乙第四、第七号証・成立に争のない甲第四号証の一、二・同第五号証・証人横瀬正吾、同横瀬正吉の各証言(各一部)によつて同人等が原告名義を以て作成したものと認めうる乙第六号証・同第十一号証の一、二・原告名下の印影が原告の印章による印影であることにつき争がなく、従つて真正に成立したものと推認される乙第十号証証人石崎力、同横瀬正吉(一部)同横瀬正吾(一部)の各証言並びに前記二の項で認定した事実を総合すると、昭和二十六年分所得税について、昭和二十七年二月二十九日に所得金額を六十五万円と記載した原告名義の確定申告書が下館税務署に提出されていること、昭和二十七年分所得税について昭和二十八年三月十六日に所得金額を十七万円と記載した原告名義の確定申告書が同署に提出されており、更に同年五月十六日に所得金額を百万円と修正した原告名義の修正確定申告書が提出されていること、個人再評価税については、昭和二十六年十月一日に旧資産再評価法第四十六条による原告名義の「個人の減価償却資産の第二次再評価申告書」が提出され、その再評価差額につき五十七万九千五百円と申告されていること、また原告所有の土地家屋等減価償却資産以外の資産が原告から正吉、林造に贈与されたことからして同法第四十七条による原告名義の「個人の減価償却資産以外の資産等の再評価申告書」が昭和二十九年一月二十日に提出され、その再評価差額が二十七万九百円と申告されていること、そしてこれらの申告書は主として原告の息子の正吉と義弟の正吾が原告名義を以て作成して提出したものではあるけれども、いずれも原告の営業上の諸般の事務の処理を託されていた右正吉、正吾等が原告に代つて作成し下館税務署に提出したものであることが認められる。してみれば以上の各申告は原告のした申告として扱つて差支えないものと考えられる。

次ぎに原告は、所得税随時分、過少申告加算税について昭和二十六年分から一度も被告より納税告知を受けていないと主張するが、前記乙第五、第八号証及び証人石崎力の証言を合せ考えると被告は原告名義で提出された昭和二十六年分確定申告書に記載されていた所得額六十五万円所得税額十六万二千八百十円が過少であるとして、昭和二十七年三月三十一日にこれをそれぞれ百三十二万円、四十九万六百七十円と更正し、且つ過少申告加算税額を一万六千三百五十円と算出決定し、同日右更正の通知をするため更正決議書の謄本を作成し又更正による増加分(所得税随時分)三十二万七干八百六十円及び右過少申告加算税額につき納税告知書を作成した上直ちに原告の住所あて発送したこと、昭和二十七年分の原告の修正確定申告書記載の所得額百万円、所得税額二十七万八千四百五十円が過少であるとし、昭和二十八年五月十五日にそれぞれ百七十万円、六十四万一千五百円と更正し、且つ過少申告加算税額を一万八干百五十円と算出決定し、同日右更正の通知をするため更正決議書の謄本を作成し、又更正による増加分(所得税随時分)三十六万三千五十円及び右過少申告加算税額につき納税告知書を作成した上直ちに原告の住所あて発送したことが認められるから、右書面はいずれも無効原因(一)で説示したと同様の理由で発送数日後に原告に到達したものというべきである。(証人横瀬正吉、同横瀬正吾の証言(各一部)によつて真正に成立したものと認められる乙第九号証の一、二と口頭弁論の全趣旨によれば原告の息子正吉が原告の代理人として昭和二十八年七月十五日附書面で被告に対し、昭和二十七年度までの原告に対する事業所得に関する一切の課税について再調査の請求をしたことが認められるから、このことからしても右納税告知書等は、当時原告に到達していたことは明らかである。)なお当時原告は脳梅毒のため精神的なある程度の障がいを受けていたが、それは心神喪失の状況というような納税告知書の内容を了解できない程度の精神状態でなかつたことは前に認定したとおりであるから右書面の送達は原告に対し有効になされているのである。(昭和二十七年分の納税告知書が送達された昭和二十八年五月末頃は、原告はまだ東京都新宿区の清和病院に入院中であつたことは前記認定のとおりであるから、右書面は原告の不在中の住所に送達されたことになるが、しかし原告は入院中営業に関する一切のことについて子供の正吉、林造、及び義弟の正吾に委せてあつたことはすでに認定したとおりであり、税金に関することもその中に含まれるものと認むべきである。従つて右書面が原告自身に到達していなくても右正吉等に右書面の受領に関する代理権があつたものと考えられるから原告に対する送達として有効といわねばならない。)

してみれば申告によつて確定する所得税及び個人再評価税については原告よりの申告が、納税告知によつて確定する所得税随時分及びその過少申告加算税については原告に対する納税告知がそれぞれなされているのであるから、申告及び告知のないことを前提とする原告の主張は失当といわねばならない。

以上説明のとおりであつて、本件滞納処分につき原告の主張する無効原因はいずれもこれを肯認することができないので原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 広瀬友信 中野武男)

第一、第二、第三目録〈省略〉

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